『ラストフレンズ』とハームリダクション(被害をだんだん減らすやり方)
フジテレビのラストフレンズというドラマを見たことがある人、かなり多いとおもいます。私も欠かさず見てしまいました。来週特別編があるようですね。面白かったんだけど、見ていて突っ込みたくなるところも、たくさんありました。(見てない人はなんのことかさっぱりですね、、すみません。)
例えば、
*初期の番組宣伝やサイトで出てくる「セックスレス」って恐らくタケルのことだろうけど、先週やっとはっきりしましたが正しくは性的虐待を受けたトラウマで「女の体と触れ合うのが苦手」、みんなでAV見てるとこから逃げ出すシーンからみても性嫌悪とは呼べるけれども「セックスレス」ではないはず、、。これはドラマ内では使われていないので突っ込みづらいところですが、、。
*みちるへの気持ちの描写とルカの性とからだへの違和感の表明がごっちゃになって「男の人が好きになれない」のが「性同一性障害」をかたどる要素のひとつのように見えてしまう。性別と性的指向の話が入り組んでしまっているんですね。丁寧にみれば、診断のシーンではそういうことは行ってなかったと思うので「大間違い」とは言いづらいけど誤解生みそうって感じですね。そういう意味できんぱちは恋愛をもちまず、むしろなりたい対象としての「異性/なりたい同性」を描いたのはそこに気を使ったのかなと今では思います。
ラストフレンズ公式サイトにはDV相談の案内があるんだけど、「自分できめる幅広い意味での健康」のために役立つ話を載せるのが趣旨のこのブログでは、時には宗佑みたいにみちるを縛ろうとしてしまうルカがかかえたジレンマを思いながら、「支える人たち」への提案のひとつとして自分が気になったものを載せたいと思いました。
エミ・コヤマさんという性、障害、DV被害者支援等いろんなことについて書いている方がいます。基本は英語で書いている人で、日本語では冊子『フェミニズムへの不忠』というものが翻訳されましたが発行元のHPのリンクが切れてしまっています。ひびのまことさんによる書評がこちらで読めます。
英語の書き物はeminism.orgで読めます。
コヤマさんはDV被害者支援をする際に、ハームリダクションというアプローチを採用することをすすめています。
ハームリダクション?・・
リスクのある行動をまったくやめるのではなく、行動の中にあるリスクをじょじょに減らしていくというやり方です。タバコをやめようとしても、禁煙はそう簡単に続かないっていうのは常識かもしれません。だからフィルタをつけたり、軽くしたり本数減らしたりとじょじょにやるのだと思います。「ダメ絶対!」に真っ向から立ち向かう立場。もちろんむつかしい問題もたくさんあります。
これはもともと、薬物依存からの回復のためには薬物使用者を取り締まるよりも注射針の交換などを通してHIV感染のリスクを減らしたりするやり方(主に行政の政策ですね)を言うものでした。薬物依存やHIV関係の活動の中で盛んに使われているこの理念を、DV被害者支援にも応用できないかと考えたわけです。
ちなみに、ここでは被害者のことをただ「ひどいことされた人」なんじゃなくて「たいへんな状況を生き延びた」人、という意味で「サバイバー」とよんでいます。(詳しくは「「サバイバー」と名乗った私の経験から考えたこと」、「サバイバーフェミニズム」)
DV被害者(サバイバー)支援のばあいのハームリダクションって?(すでにある薬物依存者支援のためのポリシーを書き換えたもの)
Toward a Harm Reduction Approach in Survivor Advocacy
より一部引用(著作権はコヤマさんにあります)
*サバイバーは自分の痛みを減らし主導権を握っていると感じれるように、よくもわるくもどんな方法でも対処しようとします。その中には通常「不健全」と見られるものもあります。(例えば、加害者
と連絡を取り続けたり、アルコールや薬物を使用したり、リストカットなどの自傷行為、生き抜くためのセックスや性労働(セックスワーク)、不定期な睡眠や食事の取り方など)。これらを受け入れ、
その被害が少なくなるように努力すること。*それぞれの対処法が複雑で様々な側面をもった現象であって、あまりに極端な行動から
何もしないということも含むものであることを理解すること。そしてその中の方法には
他の方法よりは安全であるものがある、ということを認めること。*個人としての生活や共同体の中で生きることの質を確保することを
問題が解決するための基準として設定すること。安全でない、健全でないと
みなされる行為をすべてをやめさせるのではない、ということ。*虐待の影響に対処しているひとたちに対しての、批判的でなく、押し付けがましくない
サービスや資料の提供を呼びかけること。付随的な被害を軽減するためにその人たちが住む共同体や地域にもそのようなサービスの提供を求めること。*サバイバー自身が自分たちのために作られたプログラムや政策に大して、
定期的に声を反映させることができることを保証すること。これはサービスを
現在受けているひとと、以前受けていた人のどちらも含みます。*サバイバー自身がまず被害を軽減するために行動することができることを確認する。
自分で行っている対処法からの被害に関してもそうです。そして自分の経験に対して
権威をもっているのもサバイバー自身。なのでサバイバーに情報を提供してもらう
ことでこれからの方針を決めるのに役立てましょう。そうやって支援者と互いに
助け合うことができます。さらに「サバイバル」や対処法に見合った方針を立てることが
できるようになるでしょう。*貧困、階級/階層、人種差別、社会的排除、トラウマ、差別やその他の社会的不平等が
サバイバーを攻撃されやすくしたり、虐待の影響や余波に対応する力に関わってくる
ことを認識すること。*サバイバーが使っている「対処」の方法が深刻で悲劇的な被害をもたらすのに
それを無視しようとしたりたいしたことが無いと考えたりしない。
DVシェルター等を念頭に置いた文章だと思うので、「政策」とか出てきてちょっとかたいですが、
ラストフレンズの偽シェルターであるシェアハウスの仲間の対応を見てても
わかりやすく思い当たることが多かったと思います。ルカがみちるへの思いからついみちる責めがち
になることを差し引いても、考えることろが多かったです。しかもルカのみちるへの「思い」は好き、ってこと
だけじゃなくて自分は宗佑のかわりになれないからタケルをあてがってみたり、とにかくみちるに「強くなってほしい」といったり
複雑なものでした。
みちるが内緒で宗佑と連絡をとって会いに行ったりしていたけど、連絡をとらないということじゃなくて会いに行くときはひとりでいかない、とか(宗佑にわからないようにマンションの外で待つとか)が被害軽減的なやり方になるんでしょうか。(つづく)
(つづき)
ドラマの中のシェアハウス仲間の対応が良くなかった、っていいたいではありません。ルカは一度は「まだその携帯もってんの?」とみちるを責めそうになるけど、ゴミ箱に携帯を捨てようとするのをとめて「これじゃあんたの彼と一緒だよね」っていってる。まわりがみちるを助けようとしつつもとまどってる様子をみながら、みちるも「じぶんがしっかりしていれば大丈夫」といって自分が事を良くするために先頭きって動くべきだと確信するシーンもある。
このハームリダクションの事を書くためにDVが扱われたドラマをネタ振りに使ったつもりではなくて、あの中に十分希望はあったはずと思ってとりあげました。
物語全体でみれば、悩みをかかえた者たちが集うことで希望を見出そうとするとどうなるか?っていうところにあったんだと思います。いろんな工夫をするんだけど結果的にはほぼ全部メタメタに打ち砕かれる。みんな弱いところが多すぎる。その壊れていく様や、人の弱いところを楽しんで見るために作られているとさえ思える。その分最終話はまた希望を見せるために全部使ったんだな、と印象をもちました。「ひとりでいたくない」そして「がっかりしたくない、させたくないからひとりになる」、から「それでも、一人でいることは無い」に変わるまで見たという感じ。
本当はドラマ進行中にあれこれ書こうとおもったけど、うまくまとまらなくて終わってからになってしまった。もう記憶もあいまいだし書くのやめようかな、とも思ったけど、明日は特別編でダイジェストもあるし、書き漏れたことがあればつけたすつもりです。
薬物使用におけるハームリダクションについて、日本語字幕つきのいいビデオがあったので、紹介しておきます。
こちらはビデオ作成者のブログ
よく見る薬物使用防止ポスターに踊る「ダメ、絶対」の文字。
使わないで済む人にとっては何てことないポスターだけど、
薬物依存で苦しんでいる人にとっては、人格否定、
社会からの切り捨てを意味するかもしれないのが、このメッセージ。私が今回作ったムービーは、この「ダメ」キャンペーンへの代替案を提案するもの。
「ハーム・リダクション」っていう考え方に基づいて薬物使用者をサポートする、
NYのある施設での取材をまとめたものです。
昨日も書いた通り、元々、NGOの人たちに、
施設やそこでのサービス内容を紹介しようと思って撮って来たものだったんだけど、
せっかく映画にするからには、
少しでも多くの人に考えてもらうためのヒントになれば、
と思って構成を考えました。
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